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奈良観光に奈良の石仏を紹介します

地域活性局

奈良市。1300年の歴史を持つ日本最古の都市。

長い歴史の中では、人が利用する「道」にも栄枯必衰が存在します。

道の栄枯必衰を物語るものとして、石碑や地蔵がありますね。

今日は偶然、出会った素敵な石仏を紹介します。

奈良観光に奈良の石仏を紹介します。

奈良市から東部へ田原を経由する途中にある奈良の石仏

今日は針テラスへ向かうため、本社を出てふと思い出しました。

いつも最短の道で行くのですが、前に私の知らない道をスタッフが教えてくれました。

そこで気分を変えて走ってみようといつもと違う道を走りました。

そのルートとは、奈良市から東部へ抜ける県道80号線、奈良名張線です。

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田原小学校の前を南へ曲がり、まっすぐ行く途中にその石仏はありました。

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看板の案内を記します。

南田原の磨崖仏です。

平成2年4月11日に奈良市指定文化財に指定されています。

阿弥陀如来像 像高170センチ 鎌倉時代
弥勒菩薩像 像高168センチ 鎌倉時代
六地蔵菩薩像 像高27.5センチ 室町時代

花崗岩の壁面中央に阿弥陀如来、向かって右に弥勒菩薩、左に六地蔵を刻んでいる。

阿弥陀如来は丸彫りに近い立体感のある豊かな表現が見られ、刻銘から、元徳3年(1331年)に東大寺の定詮が願主となり、伊行恒(いのゆきつね)がつくったことがわかる。
当時大和を中心に活躍した伊派の石工による優作として貴重である。

他の像は追刻されたもので、六地蔵に大永3年(1523年)の銘がある。

平成17年3月 奈良市教育委員会。

とありました。

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道沿いにひっそりとたたずんでいる石像でしたので、通り過ぎた時にふと目に付き、バックしました。

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石仏の前には椿が咲いており、奈良の風景だなと思いました。

賽銭箱にお金を入れようとしましたが、入口が軽く閉ざされていたので断念しました。

石仏といえば、大分の石仏や佐賀の相知の石仏が著名です。

奈良でもならまちの十輪院は国宝の石仏を本堂に安置しています。

さて、道の話です。

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奈良の山間に石仏が彫られていた理由

今はもう幹線ではない、この道路沿いに石仏がなぜ彫ってあったのでしょうか。

奈良の旧市街地(ならまち界隈は標高約90m)から田原地区(標高400mか)という集落に上がります。
そこから福住地区(天理市・氷室神社のある地区・標高491m)から都祁村(針のある旧村・標高470m)へと続く道です。

道は川沿いを通っています。

昔の道は川沿いや山では尾根伝いが主流です。

そして、集落同士を結ぶ獣道のような道を合わせるようにして目的地へと向かっていたのでしょう。

そして、東大寺の僧侶が願主になり、この地に彫ってあるということはこの地域は東大寺の土地だったのでしょう。

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地図を見ると、確かにこのルートは直線距離が短く、歩くには好都合に思いました。

その一方で、現在は道が狭い為、多くの車は通ることができない状態でした。

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旧街道沿いや昔の道にはその時代や道の歴史を物語る多くの「標」が残っています。

みなさんの普段通る道沿いにも「標」があると思います。

探してみてください。何か発見があると思います。

奈良観光に奈良の石仏を紹介しました。

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