寒い冬に桜島の風景を見ると何か暖かい感じがしますね。
西郷どん7話の解説・参勤交代が作った江戸詰と藩士の溝について紹介します。
西郷どん7話の解説・・・親戚の不幸
西郷家には立て続けに変化が起きます。
吉之助は結婚しますが、同時に祖父と両親を立て続けに亡くします。
青年期に家族の不幸が続く。
人は仕事が安定すると人格的な成長も始まるでしょう。
不幸ごとなどが重なると感傷的になるでしょう。
この時期の不幸ごとは吉之助の心に非常に重く残ったでしょう。
西郷どん7話の解説・・・参勤交代が作った江戸詰め
島津斉彬の東上に従う藩士が決まります。
吉之助はその選考から漏れてしまいます。
江戸時代、藩主は地元と江戸を往復します。
藩の後継者は妻も基本は江戸にいます。
その藩主等の世話などに多くの藩士が江戸に詰めます。
当時はそれを定府と言っていたそうです。
加賀前田藩100万石は7000人が定府していたそうです。
薩摩藩は60万石ぐらいなので、4000人ほどはいたでしょう。
江戸の人口の半分は武士だったといわれています。
そこで全国からくる多くの藩士と出会います。
そこに明治維新へも続く出会いがあったでしょう。
西郷どん7話の解説・・・江戸詰めと国許詰め
江戸詰以外の藩士は国許にいます。
国許詰めというようです。
これが実は江戸期いっぱい様々な問題を作りました。
江戸派・国許派で後継者を巡る争いが多くの藩でありました。
藩主は半分ぐらいは江戸に江戸にいます。
藩主が国許に帰ると色んなことがまとめて起こるようになります。
江戸幕府も反抗的な藩主などは国許に帰さないようにしていました。
西郷どん7話の解説・・・国許と出先を最大限に活用できた西郷隆盛と大久保利通
後の話。
幕府は参勤交代を廃止しその費用を国防に向けるように指示します。
これが幕府崩壊の直接の原因になります。
諸藩藩士は江戸から去り江戸経済は下火になります。
帰国した藩士たちはやがて京の都に集うようになります。
そんな幕末も国許と江戸の関係で多くの藩が団結ができませんでした。
しかし、西郷隆盛と大久保利通は違います。
薩摩藩は幕末、島津久光が主導権を握ります。
その島津久光を大久保利通が完全にコントロールします。
そして、京にいる西郷隆盛と連絡を取り合って藩の動きを作っていきます。
西郷隆盛と大久保利通はその連絡の文書交信の為だけに藩の蒸気船を動かしました。
この二人のほとんど完全と言える主導権は薩摩藩の強かな動きとして諸藩には映ります。
国許と京の2つの拠点の運営に失敗した藩が多かった中、薩摩はその時代の中心に躍り出ます。
幕末の西郷と大久保のキャッチボールは日本の歴史を動かしました。
西郷どん7話の解説・・・参勤交代が作った江戸詰めと藩士の溝を紹介しました。