大久保利通の扁額『彰往考来』意訳 過去をあきらかにして、未来を考える
せごどんは当たり前のように最後隆盛中心で描かれています。
しかし、それは従来の西郷隆盛像とそんなに変わらない描かれ方です。
前回の真田丸や井伊直虎では新説も練り混ぜた新展開でした。
正直、今回のNHK大河ドラマはがっかりです。
まちづくり・まちおこし・地方創生にまい進する日本。
そこでNHKが描くべきだったせごどん。
それは西郷に負けない大久保の殖産興業事業だったでしょう。
せごどんの感想・・NHKに放送してもらいたかった大久保利通の偉業を紹介します。
せごどんの感想・・つまらない今まで通りの大久保利通
私もそうですが、日本人は西郷隆盛が好きですね。
しかし、今回のせごどんは西郷隆盛をこれまで以上に持ち上げているように思います。
そのあまり、歴史の大事な部分が凄くあっさりと流されています。
木戸孝允が・江藤新平がなぜ重要人物なのかまったくわからないし、高杉晋作が出てきません。
時間に限りがあるのはわかりますが、これでは歴史が描かれておらず、ただのドラマです。
そして、大久保利通に至ってはただの悪役然と書かれています。
これで明治維新をNHKはしっかり描いていると言えるのでしょうか。
せごどんの感想・・NHKが取り上げない大久保利通の地方創生の取組み
大久保が目指した政権とは何か。
それは日本の津々浦々に産業を興し、その力で国を強くすることでした。
私は奈良で地域活性局という会社を11年経営しています。
地域という枠の中でどのように仕事をしていくことで地域が活性化するか、いつも考えています。
全国に視察に行きますが、その際に良く感じることがあります。
今、老舗といわれている全国の商店には100~150年前の表彰状が飾られています。
それが、内国勧業博覧会への出店の表彰状です。
明治以降、大久保利通は一貫してこの道を進みます。
明治政府に内務省を設立し殖産興業を進めます。
殖産興業とは全国津々浦々に産業を興すことですね。
そして、その興した産業を紹介する場所として内国勧業博覧会を主催しました。
御一新とは何か。
それを大久保利通は内国勧業博覧会を行うことで世間に周知させました。
内国勧業博覧会は全国の業者が新しい発明やアイデアを競い合って紹介する催事です。
その第一回はせごどんでも描かれると思いますが1877年、西南戦争中に上野で開催されます。
この内国勧業博覧会が日本社会に与えた影響は今でも全国の老舗企業に残ります。
この内国勧業博覧会。
その第三回内国勧業博覧会に23歳の青年豊田佐吉が足を運びます。
大久保利通が目指した殖産興業と内国勧業博覧会による日本の発展。
今の日本は地方創生と躍起になっています。
その流れを地道に一人で作り始めた大久保利通。
その大久保利通の元には多くの若者がはせ参じ、政府を動かします。
大久保利通が信頼した部下は伊藤博文と大隈重信でした。
せごどんの感想・・大久保が目指したもの
大久保は強力な政権を作り、専制政治と批判されました。
しかし、大久保にも目指す国家の在り方がありました。
これは大久保が死ぬ前に偶然に遺言のようにして人に伝えたことでした。
西南の役が終わり、平和になったが、維新の精神を貫徹するには30年の時期が要る。
明治元年~10年の第一期は創業の時期であった。
明治11年~20年の第二期は内治を整え民産を興す即ち建設の時期。私はこの時まで内務の職に尽くしたい。
明治21年~30年の第三期は後進の賢者に譲り、発展を待つ時期である。
少しアレンジしていますが、ほぼ上記のように語ったそうです。
江戸時代、庶民は政治には参加できませんでした。
それが明治になり、民権が少しずつ整備されます。
江藤新平はその民権を先に国民に与えて、国を開明化させようと考えました。
しかし、大久保は上記のように20年しっかり国民に情報を与えてから民権を創ろうと思っていました。
日本の歴史は大久保の逝去後、徐々に崩れていきます。
戦争を目的とした特定の人物による暴走が外交を誤り、敗戦を迎えます。
始めの基礎を大久保が行っていれば、また違った日本になっていたかもしれないですね。
私はこのような部分をもっときれいにせごどんで描いてほしかったなと思いました。
しかし、まあ、せごどんは西郷隆盛ですね。
ここでNHKが大久保利通を大河の主役にすれば、大河は盤石だったと思いました。
せごどんの感想・・NHKに放送してもらいたかった大久保利通の偉業について紹介しました。