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豊臣兄弟4話の解説・3000人の必殺仕事人

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豊臣兄弟はまだ史実として記録に残っていない部分を紹介し続けています。
豊臣兄弟四話は「桶狭間」です。
兄弟の主君織田信長の前半生最大の正念場がやってきます。

豊臣兄弟第四話を解説します。

桶狭間の戦いの解説はこちら↓
https://tadaakifujimaru.com/2026/01/25/post-6275/

桶狭間の戦い当日の朝

東海の覇者今川義元は織田信長掃討のために25000ともいわれる大軍で信長を目指して進んできました。
織田氏の兵力は全軍入れても5000程度。

織田方の丸根・鷲津の砦に今川軍が攻め寄せたと信長の下に報告があります。
信長は幸若舞【敦盛】を舞うと出陣します。
人生50年というフレーズで有名な唄ですね。

早朝、信長は清須城を打って出ます。
浅野の娘、寧々と小一郎の許嫁直はそれを見送ります。

信長の戦略は必殺仕事人

信長は今川義元の居場所を探しています。
今川軍25000と織田軍3000の戦いです。
織田方は今川義元に突撃し、義元の首だけを目指します。

この当時、軍隊は寄合所帯です。
今川の場合、今川義元は今川家の家来を連れてきています。その数おおよそ5000。
今川の重臣たちも、1000・2000と領地の広さに合わせて個々に兵隊を連れてきています。
つまり、今川義元本体に突撃することができれば今川5000対織田3000の戦いになります。
これを信長は狙っています。

敵一人だけに目標を絞って動く信長。
表現は古いですが、まるで必殺仕事人です。

城戸小左衛門と賭け事をして完敗した藤吉郎ですが、細工に気づきます。
城戸はこの時代の灰汁の強い下級武士の印象をそのまま紹介しています。
ふでぶてしく、そして強い。
腕っぷしの強い人物が活躍する時代でもありました。
しかし、こういう人物はいずれ淘汰されていきます。

決戦前最後の集合場所善照寺砦

信長は善照寺砦に入り、佐久間盛重の死が今川義元の居場所を知らせてくれたと演説します。
佐久間氏とは神奈川三浦の三浦党の一族で、織田家の中では珍しく出自のキチンとした家です。

信長は今川義元本体を目指して動きますが、雨が降ってきます。
この雨が信長の軍勢の動きを奇跡的?を隠します。
私はこの天の助けと言われている雨は偶然ではないと思っています。

決戦桶狭間の戦い

そして、今川の眼前に信長は進み、正面突撃を行います。
25000人いた今川の兵は各部隊が目的を遂行するために分散しています。
そして今川本体5000 vs 織田3000の戦いになります。
つまり、今川の2万の兵力はこの段階で無力化されたという事になります。

戦いは常に仕掛ける側が有利です。
仕掛けられる側は基本的に遭遇戦のように準備が整いません。

この合戦のさなか、藤吉郎は父の仇、城戸小左衛門を弓矢で打ち取ろうとします。
それを小一郎が止めます。
この大事な戦いの中で兄弟が親の仇討ちに奔走するような事を描きます。
そして目の前で小左衛門は討ち死にします。

合戦の最中、今川義元が討ち死にします。
今川方の兵隊たちは木の下で雨宿りしていたといわれています。
そこに突撃されると、指揮系統も整わないままの乱戦になります。
雨を利用した信長の計算勝ちですね。

織田軍は清州に帰ります。
信長は義元を討ち取った後、崩壊した今川方の掃討戦を行いませんでした。
本来はそこで、戦果を拡大させるものです。
しかし、織田家にはそれができない事情がありました。

桶狭間の戦いで信長がもっとも活躍したとほめたのは梁田政綱でした。
梁田は今川義元の居場所を信長に伝えたといわれています。

信長は3000人で1名の敵を倒す事を目標に計算の限りを尽くして作戦を遂行し、成功したのでした。

主人公を引き立てる近辺の異性

信長は妹のお市と話をします。
大河ドラマは男性が主人公の事が多いですね。
その主人公の人物像を引き立てるための会話の相手は身辺の女性です。
今回はお市役の宮崎あおいさんは前半の重要人物となります。

斬新な信長の戦争価値観

信長は首実検を行います。
今川義元を討ち取った毛利伸介は500貫を貰います。
藤吉郎兄弟も敵の首を取ったことで足軽組頭に抜擢されます。
兄弟が獲った首は実は城戸小左衛門が獲った首でした。
そしてそれを正直に信長に伝えます。
ここで信長は藤吉郎に秀吉という名前を与えます。
そして、小一郎は信長に近習として仕えるように命令します。
これは異類の抜擢です。
小一郎が鳥の動きを見て雨を知らせたことが恩賞の含みとなっています。

信長は今川義元の居場所を伝えた梁田政綱と雨の想定を知らせた小一郎を評価しています。
この時代、敵の首を取った人間が一番評価されていました。
なので、戦いにて活躍した人を確認する行為を「首実検」と言います。
しかし、信長は戦局を有利に導く情報に価値を置いています。
これは史実でもまた同じように信長の価値観として紹介されます。

ちなみに、小一郎は後に岐阜城を落とした信長の近習だったという記録が残っています。
これが資料としては初見です。

小一郎は、恩賞に銭を所望します。
そして小一郎は銭を50貫もらえる事になりました。
そして兄弟はあの草履を片方ずつ貰います。
草履は一つでは用の足しにならないので、仲良くするようにと信長は言いました。

次回の豊臣兄弟5話は「嘘からでた実」

いかがでしたでしょうか。

次回の豊臣兄弟5話は「嘘からでた実」です。
次回も楽しみですね。

そして、桶狭間の戦いを情熱解説しています。
現地を実際に歩いて、感じたプチ新説も含めています。
是非、読んでいただきたいです。
https://tadaakifujimaru.com/2026/01/25/post-6275/

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