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ぶじまるだだあき

プライベート
ぶじまるだだあき


中学2年生。
私の音楽の教科書の氏名は‘ぶじまるだだあき’でした。
ちょっと懐かしい思い出話を書きます。

隣は幼稚園時代の記憶のある女子

中学2年生に入り、私は2年5組となった。
ボクシングの選手だった?女性の怖い先生のクラスとなってしまった。

1年生の時は学校が本当に嫌いだった。
2年生もあまり期待しなかった自分。

隣は朧気ながら何か記憶に残っている女子だった。
未だに確認はしていないが、たぶん幼稚園のクラスメイトだったのだろう。

 

社会を斜めに見る反抗期

1990年。社会はバブル崩壊を経験する。

それから8年、中学2年生の自分。
あまりうまくいっていない社会。

今思い出しても世間はとてもネガティブだったように思う。

実家のお客さんも親族も基本高齢者社会。
景気・景気という言葉が躍っていたように思う。

その空気の中で、私も反抗期を過ごす。
社会なんてどうせ・・・という価値観を持っていた。
学年が変わると、教科書が変わる。
しかし、あまり学校にも行ってなかった自分。

教科書など自分の所有感はなかった。

明るすぎる隣人

そんな暗い・重たい空気の中で過ごすだろう中学2年生の始まり。
日々ふてくされているような自分。

しかし、隣の女子が異常に明るい人だった。
まるで、この隣人だけがバブル絶頂期なのかというぐらいの明るさだった。

そして、事件は起こった

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音楽の教科書の所有者はぶじまるだだあき

音楽の授業。
教科書に名前を書いていないのをその隣人に見つかった。
その明るすぎる隣人は、私が書くと言い始めた。

そして、書いている途中で

「間違った」

と爆笑し始めた。

そこに書いてあったのはなぜか濁音だらけの私の名前。

‘ぶじまるだだあき’

その隣人は名前に1文字も濁点がない。
名前に濁点が2つつく私の名前を意識しすぎたのだろう。

私は音楽の時間は‘ぶじまるだだあき’となってしまった。

そして何故か、ひらがなで書かれていた。
変わり果てた自分の名前につい笑ってしまいました。

日本人が大事にする苗字と名前

私は私の祖父が亡くなってちょうど1年と9日後に生を受けた。

祖父は藤丸正・私は藤丸正明。
男子にはみんな‘正’がつくようになっているらしい。

祖父はたたき上げの人物だったので苗字や名前に非常にこだわりがあったのだろう。

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本名が間違っていた西郷隆盛と西郷従道

こんな面白い話もある。

西郷隆盛は本当の名前は西郷隆永。
しかし、親友の吉井友実が間違って隆盛と登録したらしい。

西郷隆盛はそれを見て
「おや、おいはたかもりになっとるぞ」
と笑ったらしい。

同じように、弟の従道も本名は隆道だったらしい。

名前を気にしなかった薩摩の兄弟。

ぶじまるだだあきのその後

その後、なんとなく学校もそれまでと同じように行ったり行かなかったり。

人生でいえば充電期間だったようにも思う。
あの頃の妙な充電が今の自分を突き動かしているようにも思います。
そして今は、昔よりも充実感を感じています。

あまりオチの思いつかない、ぶじまるだだあきでした。

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