地域活性局

藤丸正明

三重県の観光スポット津城跡と高山神社を訪ねました

三重県はグルメもあり、温泉もある観光県です。

そして三重を代表する観光スポットとして伊勢神宮が鎮座します。

伊勢神宮といえば三重県のみならず日本を代表する観光スポットです。

さて、そんな三重県観光のおすすめの一つにお城めぐりがあります。

実は三重県の伊賀上野城や津城はある著名な人物が設計しています。

三重県の観光スポット津城跡と高山神社を訪ねました。

津城と伊賀上野城を築城した藤堂高虎

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三重県は江戸時代、城郭建築で著名な藤堂高虎が約半数を領有していました。

そして藤堂高虎といえば城づくりの名人です。

愛媛の今治城・宇和島城や三重県の津城・伊賀上野城など数々の城郭を残しています。

 

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関ケ原の戦いの後に伊賀・伊勢を拝領した藤堂高虎

藤堂高虎は関ケ原後の1608年、伊賀国を飛び地として家康から拝領します。

家康は藤堂高虎に警護なお城を作るように指示しました。

家康は高虎に伊賀を与えた理由を問います。

そうすると高虎は「大」という字を紙に書きました。

家康は満足した顔だったといわれています。

つまり、1608年の段階で大坂攻めは家康の胸中にはあったということですね。

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津城を築城した藤堂高虎

さて、津城。三重県津市にあります。

津城はもともとは安濃津城といい、関ケ原の戦いの際に消失しています。

1608年に藤堂高虎が移ってきた際に大改修を行い、堂々とした城郭となります。

藤堂高虎の設計のお城の特徴は石垣が非常に高くできていることです。

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津城は津市市役所の東隣にあります。

厳密にいうと、津城というよりは津城跡です。

遺構としては石垣と堀・塀と櫓が残っています。

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櫓は丑寅櫓。

この場合、本丸から見て東北の方角にたっている櫓です。

現存する津城の櫓は1958年に復元した建物です。

写真を見ると、その先には百五銀行が建っています。

百五銀行といえば川喜田半泥子ですね。

津城跡と東隣の百五銀行が本店のようですね。

川喜田半泥子もこの本店に通っていたのでしょうか。

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藤堂高虎は身長が190㎝もあった?!

津城跡には藤堂高虎の銅像がありました。

藤堂高虎は身長が190cmもあった長身です。

銅像も心なしか大きく作られています。

これは藤堂高虎が着用していた甲冑からおおよその身長を計算した数字らしいです。

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藤堂高虎を祀る高山神社は津の氏神神社

そして、お城の南側には高山神社があります。

高山とは高虎の号です。

つまり高山神社は藤堂高虎を祀っています。

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藤堂高虎の逸話

藤堂高虎は7度も転職して主人を変えた逸話の持ち主です。

藤堂高虎といえば他にも逸話が多い人物です。

藤堂高虎は巨体のわりに細かい細工が得意な人物だったといわれています。

関ケ原前夜の西軍の切り崩しは藤堂高虎の人生最大の見せ場だったでしょう。

藤堂高虎が振った旗に合わせて西軍の4将が裏切ったという逸話があります。

大坂の陣では藤堂高虎彼は冬の陣・夏の陣で先鋒を務めています。

先方でありながら、絶えず家康や将軍に気を配っていたという驚異の逸話が藤堂高虎にはあります。

策謀の限りを尽くす家康の右腕ともいえる外様大名です。

最後に徳川家康に接近したあたりの話がちょっと苦手です。

なので、神社はスルーしようとすると、突然携帯の電源が落ちました・・・。

さすがにドキッとしたので、お参りして帰りました。

 

津市といえば中河原海岸・・

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ドキッとするといえば一つ津市の中河原海岸にはある話が残っています。

アンビリバボーの全盛期。心霊特集が放送されていました。

津市にある中河原海岸で起こった水難事故の話でした。

1955年7月28日に津市中河原海岸で36人の女子生徒が亡くなります。

1945年7月28日。その日津市は米軍の空襲を受けています。

その際に付近の死者を海岸に埋めたそうですね。

10年後、亡くなった生徒と一緒に泳いでいた生徒の証言が残っています。

そこでは、防空頭巾を被った黒い塊が海から襲ってきたと。

後のその生徒はその日前後の出来事を調べています。

その前日、海辺から火の玉がある民家に入っていくのを見た釣り人が多くいたと。

その民家の女の子はその水難事故で亡くなっていると・・・。

この中河原海岸のアンビリバボー特集は非常に覚えています。

アンビリバボーは映像がとてもリアルで定評がありました。

その中河原海岸の特集の防空頭巾の女子生徒はアンビリバボーで最も怖かった映像でした。

中河原海岸の場所は津城跡から東北に直線で2㎞程のところにあります。

ブログを書いていて驚きを発見しました。

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津城と中河原海岸を線で結ぶと・・

津城跡の本丸から東北へ線を引くと、その中河原海岸です。

ふと、その逆を見ると、高山神社なんですね。

高山神社ーー津城本丸ーー中河原海岸と一直線です。

携帯の電源が切れたのも本丸と高山神社の間の階段でした。

そして、なぜか丑寅(東北を差す)櫓だけが復元されている・・・。

天守台ーー丑寅櫓ーー中河原海岸も一直線でした。

何かあるのを知っている人がいるのではないかと邪推してみます・・・。

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さて、気を取り直して。

 

津城は現在はお城公園と呼ばれている

津城跡は完全に一つの公園になっています。

しかし、お城とは地域のシンボルでもあります。

何かその時代を表すための施設としての活用があるのかなと思います。

江戸期の町としての津は伊勢参りの宿場町として栄えたようです。

そういえば、10年前に津城の横を偶然車で通ったことがありました。

その際はお城祭りのようなことをやっていたのを覚えています。

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そして、もう一つ気になったことが。

津城跡の堀です。

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堀を中を見ると、鯉とブラックバスが泳いでいました。

水質を良くするのと外来は駆除した方が憩いの場所には良いと思いました。

津城跡の場所は近鉄津新町駅から徒歩14分1.2kmにあります。

三重の観光スポット津城跡と高山神社を訪ねました。

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