奈良市長仲川げん氏の12年を語る。
第6回目は、メディアを賑わした奈良市議会でのガム事件について書きます。
奈良市長仲川げん氏の12年を語る・ガム事件の真相と感じたことを紹介します。
日本で2番目に若い市長の奈良市議会挑戦
2009年7月、民主党の風に乗って奈良市長に当選した仲川げん氏。
同年9月には初めての奈良市議会に臨みます。
奈良市議会は一筋縄でいかない場所だと当時の私は印象を持っていました。
毎日新聞のI記者
私は2007年に学生起業し、今に至ります。
創業3年ぐらいは毎月のように新聞社の取材を受けていました。
その頃に知り合った毎日新聞のI記者という方がいらっしゃいました。
市長選の前にも争点に関する取材を受けていた記憶があります。
その方から奈良市議会でのガム時間の話を聞きました。
市長が議場でガムを噛んでいて、議長に叱責されたという話でした。
奈良市長仲川げん氏の釈明
市長の釈明は、気管支が弱く、飴をなめていたということでした。
また、市役所内でも決裁時に飴をなめながら対応していたという話もありました。
市長は次からはしませんという話をしていました。
「がんばる若者いじめ」に映った議会でのガム事件
私は仲川げん氏は気管支が弱いという印象がありませんでした。
選挙になれば政治家はマイクで演説し続けます。
実際に一緒にいてもそんな印象は全くありませんでした。
思い付いて言ったのかなと思いました。
一方。
私が大学生の時、喉の調子が悪い生徒は飴をなめてもよいという先生も少数ですがいて、
私も喉が痛いときなどは飴をなめていました。
市長もその感覚で飴をなめていたのかと思いました。
2009年7月に市民の投票で当選した若い市長。
市長が挑戦するのは百戦錬磨の政治家が集まる議場。
議事以外の話が出てきたことに少しがっくりしました。
同時に、前例のない無名の若い市長の挑戦を議会が妨害しているような印象も受けました。
バブル崩壊以降、現状維持が是とされる時代を迎え、革新を求める若者の立場はなくなる一方という印象を私は持っていました。
そこに針の孔をあけたのが仲川げん氏だったと当時思っていました。
二元代表制は両方が一緒に変わらなければいけない
地方自治体は二元代表制です。
市長を中心とした市の執行部と、その執行部を監視する議会は等しい地位を持ちます。
1名しか選ばれない市長
40人近く存在する市議会議員。
民主系議員は市長の与党でしたが連携できていない印象でした。
今、改めて思い起こすと、議会で飴をなめたり議員と連携できていないというのは経験不足だったと思います。
仲川げん氏は奈良市長になる前は奈良NPOセンターの事務局長でした。
奈良NPOセンターは常勤が3名ぐらいの小さなNPO法人だった印象があります。
そのNPO法人の事務局長が4000人の職員を動かすトップに立つ。
奇跡のようなことが起こった奈良市。
その奇跡は実は二元代表制の片方(つまり市長方のみ)にしか起こっていませんでした。
仲川げん氏がその後の政治的成果を上げるのであれば、議会対策が焦点となるはずでした。
しかし、議会対策は今に至っても等閑です。
奈良市長仲川げん氏の12年を語る、第6回目は市議会でのガム事件の真相と感じたことを話しました。
次回は第7回目。恩を仇で返したならまち振興財団について書きます。