地域活性局

藤丸正明

珠光茶会 藪内流の初心者体験に行きました。

 珠光茶会では各参加流派による初心者体験を開催しています。今日は藪内流の初心者体験に奈良町南観光案内所を訪れました。

 

藪内流は村田珠光の侘び茶の流れを受け継いだ武野紹鴎の弟子として、兄弟子の千利休と共に茶道の世界を発展させます。千利休は元々、堺の商人の子供で本名を田中与四郎と言い、実家は納屋衆と呼ばれる倉庫業を営む家に生まれました。それに対し藪内流の祖、藪内剣仲は92歳の長い歳月のほとんどを京都で暮らし、茶道関係者が政界で活躍するようになっても、洛北に隠棲し政治との関係を深くしていく茶道界とは一線を画したと言われています。

 また、剣仲の後継である真翁は西本願寺の茶道師家となったことから、藪内流は代々、西本願寺の庇護をうけることになりました。藪内流は古儀の流派と言われますが、古くからの形を変えずに今に至ることができているのは、西本願寺との深い関係が今にも生きているからでしょう。

 千利休は政治との関わりが頂点を迎えた後には、切腹という出来事を迎え、その後、道安・少庵・宗旦と言った利休の子孫は政治とは離れた時期を過ごします。千利休が大成させた茶の湯はその子孫ではなく、古田織部や片桐石州・小堀遠州などが活躍する時代を経た後に、三千家として広く日本人に普及する根幹を作り始めます。今はまた、三千家が茶道人口の大部分を占めます。

 

 さて、今回の初心者体験では藪内流はお茶道具の紹介を中心に体験を組み立ててくださいました。掛軸とお茶碗・蓋置や茶杓の紹介がありました。

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私はこれまで知りませんでしたが、掛軸に、山と鶴が描いてある絵のほとんどが蓬莱山の絵らしいですね。

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 お茶碗にはそれを入れる箱があるのですが、その箱の蓋には、お茶碗について書かれた書付があります。書付には、お茶碗の形状や作者の名前と共に、それを入手した経緯なども説明が書いてあります。

 

 茶杓の紹介がとても勉強になりました。茶杓を始めて考えたのは村田珠光であり、それまでは中国から伝わってきた薬用のサジなどが使われていたそうです。そこで村田珠光が茶杓の原型を作ったそうです。それが香雪美術館に残っているそうです。それを見ると節は尖端のすぐ近くにあるそうです。村田珠光はここでも存在感を出しているのですね。

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 お茶道具のユニークな作り方として紹介があったのが、雲丹のお茶入れです。雲丹のお茶入れは藪内流のお弟子さんがハワイで見つけてきた雲丹の化石のようなものをお茶入れにしていました。2対あり、1つはそのままお茶入れに使い、1つは使わずにおいているそうで、今回は使わずにおいてある方をみせてくださいました。

 

 

藪内流はならまちにお稽古場があります。お稽古場はできてまだ1年も経っていません。できたばかりのお稽古場は参加しやすくおすすめです。お問い合わせがあれば紹介いたします。

 

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