地域活性局

藤丸正明

真田丸の平野権兵衛長泰について


真田丸には多くの登場人物がいます。

そんな中から、ひときわずるそうな役の人物を紹介します。

2016-07-03 13.54.18

真田丸では豊臣政権の官僚のように事務作業をする平野権兵衛長泰。

真田信繁が大坂城に人質に行った時から登場します。

彼は賤ヶ岳七本槍の1名です。

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真田丸でも平野長泰は加藤清正や福島正則と比べると劣る雰囲気になっています。

実際も彼はなんとなく他の賤ヶ岳七本槍のメンバーと比べて出世していません。

秀吉は彼の存在を忘れていたと言われています。

晩年は片桐且元も万石以上の大名になったことを考えると、平野長泰は出世はしなかったのでしょう。

平野長泰は関ヶ原の戦いの折、家康にしたがって東国に赴いていた成り行きから東軍に参加します。

そして戦後も対して加増もなく5000石のままで幕臣に旗本として残ります。

賤ヶ岳七本槍のほとんどのメンバーはその後、家を潰されたりしています。

が、彼の平野家は幕末まで残りました。

そう考えると、彼は目立たなかった反面、子孫を残す事ができました。

歴史の可笑しさがあるとすれば、このあたりの平野長泰の立ち位置は何とも面白いですね。

目立たなかったために、出世もしなかった代わりに、滅ぼされることもなかった。

平野長泰。真田丸ではずるそうな雰囲気ですが、彼の功績が残っている町があります。

奈良県磯城郡田原本町。

小さな寺内町をあてがわれた平野長泰はここを整備します。

彼の出身地は愛知県の津島だったと言われています。

そこで津島神社が今でも田原本町内に残っています。

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津島神社の神様は素戔嗚命ですね。

昔から、水害の多い地域では水害をおろちとたとえてそれを退治した素戔嗚命を祀っています。

平野家は幕末に1万石に何故か加増されます。

そして明治維新は大名として迎えることになります。

日本の歴史は変遷の度に、前支配階級が没落すると言われています。

豊臣政権から徳川政権に移った際に、加藤清正や加藤嘉明・福島正則の運命は決まっていたのかもしれないですね。

そう考えると、平野長泰は幸せな人生だったのかもしれないなぁと思います。

真田丸の登場人物 平野権兵衛長泰でした。

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