地域活性局

藤丸正明

奈良に来た原点を探しに吉野に行きました。


更新が途切れていました。

奈良で事業を始めて10年目を迎えています。

そして、先日、8月26日は誕生日で33歳となりました。

奈良に来て、奈良の課題を知り、その課題解決を考えました。

それが伊勢型紙展に始まり、珠光茶会で終わりました。

春に珠光茶会の委員は降りました。

 

これで10年一区切り。

正直、自分の大事なものが消えたことはぽっかり穴が空くようなものです。

私は金儲けがしたいわけではありません。自分の考える形を作るために事業を行っています。

そして、基本的に企画を考えることが好きです。

前身の地域活性局から数えるともう13年目になっています。

 

ここで、一区切り。

 

そして、奈良に来た理由、奈良に引き込まれた理由を探しにいこうと思いました。

私が奈良に来た理由。

それは吉野という地域にありました。

吉野で活躍した護良親王。

それを慕っていた弟の懐良親王。

懐良親王が活躍した九州と太宰府。

九州から見た吉野とはまさに南朝の中心地です。

高校を卒業して、私はフランスで服飾の勉強をしたいと考えていました。

理由は割と単純で、父方も母方も明治以降繊維関係の仕事だったからです。

そして、親はモノづくり職人。

自分もそんな道を進みたいと思っていました。

 

そして、もう一つ。

私は旅行が好きでした。

特に山間部に入り、見たことのない意匠を観るのが好きでした。

 

 

宮崎県椎葉村。

そこには壇ノ浦の戦いに負けた平家の落人の村があります。

そこに源氏の武者が征伐に来ます。

しかし、その源氏の武者は平家の姫様を見染て結婚します。

源氏と平家の仲直り。

その屋敷が今でも残っています。

その屋敷の内部は紅白の陣幕が張られていました。

私はこんな日本古来の意匠を世界中に紹介したいと考えていました。

意匠とは地域の大事なものです。

私はそれをパリのファッション界に投げ込みたいと思っていました。

上記椎葉村のストーリーでファッションショーをする。

そして、椎葉村に還元しながら、世界と日本を結ぶ。

それが私が高校生の時に思い描いた夢でした。

 

そして地域を知ることの重要性を知りました。

 

 

しかし、その時期、ファッション界には激震が走っていました。

モエ・ヘネシー・ルイヴィトングループがファッション界を買収し始めます。

それまで、フランスでは繊維問屋や反物屋が組合を作っていました。

その組合が過去の在庫調整を考えて、流行色をデザイナーズブランドに依頼します。

そして流行色などが決まっていたそうです。

それをモエヘネシールイヴィトングループが塗り替えました。

その影響か、化学繊維の勉強が専門学校では主流になっていました。

 

私は、椎葉村をテーマにするのであれば、椎葉村で作ることができる繊維で勝負がしたいと考えていました。

つまり、意匠と生産の源流はその地に持ってもらいたいという構想でした。

それと合わないんですね。

この学校にいても、パリに行っても、自分の未来はないなと絶望しました。

高校時代は日仏学館にも2年通いました。

しかし、辞めたと思ったときに、スパッとやめようと思いました。

 

 

そんな時に、吉野を訪ねました。

歴史のある吉野でもう一度この事業を組み立てることができないか。

そう思い、奈良の大学に行こうと思いました。

それが19歳でした。

 

 

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今は33歳。

今、この仕事に満足している自分はいません。

母方の家の手伝いまでしなければなりません。

そろそろ、この雰囲気を終わらせようと思っています。

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吉野山の蔵王権現。

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その南側には、大塔宮護良親王のご陣地があります。

護良親王は650年前には亡くなっています。

しかし、ここは陣地跡ではないんですね。

それを見て、何か勇気をもらった気がしました。

 

護良親王は後醍醐天皇の長男で、比叡山延暦寺のトップをやっていました。

鎌倉幕府北条政権の横暴に不満を抱き、倒幕を考えます。

そして、鎌倉政権の権力基盤のほとんどない奈良を目指します。

奈良は当時、興福寺の支配が続いていました。

夢を持った若者が奈良を目指し、そして苦労を重ねて夢を達成します。

奈良にはかつて、この護良親王の名前を冠した村がありました。

大塔村。大塔とは護良親王の呼ばれ名でした。

 

この3日間、吉野・十津川と、護良親王の事績を訪ねました。

 

林業が衰退傾向にある吉野。

 

 

繊維の世界に進みたかった自分。

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一緒に回ってくださった方から誕生日プレゼントをいただきました。

有馬猊下の著書。

禅の世界では夢とは現実の経験であると断言しているそうです。

 

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今、会社の客間には奇しくも夢という字がかかっています。

護良親王は鎌倉で亡くなられました。

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その鎌倉の建長寺さんからいただいた色紙です。

10年一区切り。

 

この言葉は今は亡き会社の顧問大辻康夫氏の言葉でした。

私も10年経ちましたので、区切りをつけようと思います。

 

藤丸正明

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