大坂城に続々と浪人が入城します。
真田丸42話味方の感想を書きます。
真田丸43話軍議の感想はこちら
真田丸43話軍議の感想・籠城を主張する茶々のトラウマと有楽斎の思惑
大坂城には有名無名様々な浪人が入城します。
著名な人物には豊臣家からあらかじめ誘いがありました。
長曾我部盛親・明石全登・毛利勝永・後藤又兵衛・そして真田幸村です。
大坂五人衆ですね。
この中で旧大名は長曾我部盛親のみです。
かつての身代は以下の通りです。
長曾我部盛親24万石。
明石全登10万石。
後藤又兵衛1.2万石。
真田信繁は父が10万石、毛利勝永も父が5万石です。
一方で、実戦経験でいえば後藤又兵衛が最も豊かだったでしょう。
後藤又兵衛は天下の名参謀黒田如水が薫陶した侍大将でした。
関ケ原の戦いで活躍した明石全登も申し分のない実戦経験があります。
それに対して、長曾我部盛親は関ケ原で傍観せざるを得ない立場に立たされて改易。
毛利勝永は朝鮮出兵や関ケ原初戦で活躍をしています。
そして幸村。
幸村は父昌幸と共に徳川家を2度も破っていますが、それは昌幸の名声になっています。
真田丸42話味方。総大将を決めかねている形になっています。
しかし、実際は茶々(淀)の考えは一択でした。
総大将は茶々の叔父である織田常真入道信雄。
しかし、この信雄はさんざん法螺を吹いたうえで遁走します。
織田有楽斎も茶々の叔父にあたります。
結局、実際のところ、茶々は肉親しか信用していませんでした。
しかし、実は有楽斎は内通していました。
大坂の陣冬の陣の際に有楽斎はわざと自分の持ち場の防戦を怠慢しました。
その際は、城内の男女問わず、瓦を投げてまで防戦したといわれています。
そして大坂冬の陣が終わって、色々と理由を付けて、大阪城を去ります。
さらに大坂城退去を家康の許可を取って行っています。
信繁は石田三成や大谷吉継が使っていた部屋に入ります。
かつて20万石近くの身代だった三成の部屋に浪人真田幸村が入ります。
豊臣家の衰退。。。
入城する浪人が多いので部屋が足りない・・・
部屋はあったでしょう。
しかし猛将後藤又兵衛とクリスチャン明石全登が同じ部屋というのは面白いですね。
家康は幸村の入城を聞いて狼狽します。
実際にそう逸話が残っています。
家康の小心者ぶりは今後、大坂の陣で面白く描かれていくでしょう。
恐妻家徳川秀忠の妻、江が出てきました。
大坂の陣と聞いて、真田信之の家中にも亀裂が入ります。
真田丸42話味方では、徳川と豊臣の開戦を前に日本中に亀裂が入ります。
しかし、家康は十分に勝つ準備を行って大坂へ向かいます。
豊臣家の内部はすでに裏切者ばかりでした。
真田丸42話味方。
入城した著名な武将以外は味方であったか怪しいです。
真田丸42話味方の感想を書きました。
真田丸43話は軍議という題がついています。
幸村の本領発揮です。
始まります。大坂の陣。楽しみです。
真田丸に登場する木村重成を紹介します。
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