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奈良市長仲川げん氏の12年を語る・珠光茶会発案者を追い込んだ市長と職員

奈良

奈良市長仲川げん氏の12年を語る。

第20回目は珠光茶会特集の最後になります。
奈良市長仲川げん氏の12年を語る・珠光茶会発案者を追い込んだ市長と職員を紹介します。

 

増長が始まった市長とイエスマンK氏

珠光茶会は1回目・2回目と成功しました。
しかし、市長はその実績をより目に見えるものにしたがります。
そして市長のイエスマンK氏がその意向を貰って暗躍します。

珠光茶会の内容は実務委員会という場所で決まります。
そこには各流儀から責任者の方が参加し、決定していきます。
毎年10月末ぐらいにはすべてが決まります。

会議を行っている以上はすべて会議で決める必要があります。
しかし、市長とイエスマンKは調子に乗ってしまいます。

会議が終了した後に突然冊子を作り始めると言い始めました。
内容は参加寺院と各流儀の紹介にするとのことでした。
ちなみに私は会議のみの参加ですので、この間の事は知りませんでした。
裏千家のT幹事長は市役所からきた質問状に丁寧に返答したそうです。
それをもとに市はパンフレット制作に進みます。
そして、これが命取りとなりました。

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流儀に迷惑をかける奈良市役所

市は各流儀の支部から来た質問の答えを編集して、なぜか各流儀の本部に推敲を依頼します。
そしてそこには質問の答えとは全く違いことが書いてありました。
例えば、今回の奈良支部が使用する菓子の紹介のはずが、→お家元の好みの菓子。などです。

それを質問の回答者に返せばよいのに、時間がないと思ったのでしょうか、家元本部に送りつけました。
当然のように、本部からは珠光茶会担当の責任者に訂正の指示等が飛びます。
お茶の世界は関係者は人生かけてお茶を学んでします。
その中で特に各地の指導者に相応しい方が幹事長などの世話役に選ばれます。
幹事長とはその方の茶道人生の正に一番の華です。
その幹事長が、家元本部からお叱りを受ける事態となりました。

その幹事長は当然のように奈良市に対して激怒します。
この時、私は終わったと思いました。

すぐに部長を連れて京都の家元本部に謝りに行きました。
人生初めてかもしれない土下座をするようにして謝りを入れました。
担当の方に、こちらの手違いで誤解を与えましたと伝え、執成しを頼みました。
担当の方も最後に、こちらからも声かけておきますと言ってくださいました。

そして、次の日早朝に市長を連れてその方の自宅にお詫びに行きました。
相手の方も市長が来たという事で謝罪には応じてくれました。
しかし、市長はその後、その問題を検証しようとしません。
帰りの車の中では私の運転の後ろで寝ていました。

私は普通の田舎の和菓子屋の息子です。
こんな騒ぎになった時に責任は取ることができません。
この時、3回目が終われば珠光茶会からは撤退しようと心に決めていました。

連絡漏れでメンツをつぶされた大寺院

第三回珠光茶会の特別席は薬師寺で鎌倉の宗偏流の担当でした。
記念品を付けた内容になる予定が、その予算はなぜか煎茶販売予算に変わっていました。
茶会で奈良の煎茶が売れないと煎茶組合からクレームがあったそうです。
市長はわしは知らんと言ってましたが、よく考えると市長が知らない場所で進むわけがないですね。
この工芸予算がきちんとなっていれば、奈良の工芸作家は家元の記念品を作る実績が作れたのですが。

さて、宗偏流の特別席の前日、第二回に引き続き歓迎の懇親会を行いました。
場所は奈良町南観光案内所鹿の舟です。

特別席は薬師寺です。当然薬師寺の方も参加するはずです。
しかし、市役所側の連絡ミスで参加がありませんでした。
後で聞いた話ですが、特別席に薬師寺の僧侶が招待されていなかったそうです。

第三回目にして大惨事の連続でした。
これは市長と関係者も含めての緊張の緩みだと思いました。
しかし、この一連の事件の数々は結局は市長に返っていきます。

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期間短縮にむかった珠光茶会

様々な人を怒らせたことで、市長に写真撮影をお願いする人は皆無になりました。
また、7日間行っていた席も、ある流儀から席数を減らす意向があり、5日間に戻りました。
特別席も、謝礼の少なさや事前の連絡不足から、廃止となっています。

催事は新しい企画がなければいずれは色あせてしまいます。
しかし、茶の湯のことが皆目わからないにも関わらず、学ばずに増長だけする市長。

私はこの期間、報酬もなく事業に協力してきました。
市長や職員は当たり前ですが給料が出ます。
しかし、茶道関係者は基本、ボランティアです。
継続してやる場合にはそのあたりへの対処が必要でしょう。
しかし、市長はNPO上がりでボランティアで物事をやろうとします。
なので、例えば稼ぐという方法を全く知りません。

多くの事業は3年ぐらいで閉鎖に追い込まれる一番の原因は市長の器量不足だと思います。
私はこの時を機に市長との交流を辞めました。2016年3月。

奈良市長仲川げん氏の12年を語る・珠光茶会発案者を追い込んだ市長と職員を紹介しました。

次回第21回はなら国際映画祭を紹介します。

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