明治維新150年の真実・土佐藩長州藩薩摩藩の横並びの定宿の話

歴史 観光
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福岡県太宰府市は観光地として全国から多数の観光客が押し寄せるスポットです。

そんな太宰府の観光所要時間はおおよそ1時間から2時間と言われています。

しかし、太宰府生まれの私はもっと面白い太宰府観光があると思っています。

地元出身者が考える太宰府観光。それは明治維新にあります。

 

明治維新の簡単なまとめ

明治維新とは、簡単にいうと封建時代から近代社会に変わる変革です。

それまでの徳川政権による政治から天皇中心の立憲君主制へ切り替わる政変です。

最近、明治維新の真実という本などが大ヒットしているようですね。

明治維新の真実は外国政商による討幕だった。

坂本龍馬の討幕資本はそこから出ていたという説でした。

明治維新の中心は薩摩・長州・土佐・佐賀

そもそも明治維新とは薩摩藩・長州藩・土佐藩に佐賀藩が協働して実現した事業です。

しかし、この薩摩藩・長州藩・土佐藩・佐賀藩は特に仲が良かったわけではないんですね。

特に、薩摩藩と長州藩は時代と共に仲が悪くなります。

薩摩藩は島津家ですね。戦国時代には九州一円を席巻した名門です。

長州藩は毛利家です。戦国時代には中国地方を制覇した名門です。

徳川なんとするものぞ、と思っていたでしょう。

また、大坂の陣でもこの2家は豊臣家をないがしろにはしませんでした。

そして、土佐藩。ここは藩よりも、高知県に土着していた人が爆発します。

そのほとんどは戦国時代、長曾我部と共に四国制覇を成し遂げた郷士集団です。

佐賀藩の鍋島家は長崎防衛で多くの海外情報を集めていた事情で世界に敏感だったのでしょう。

そんな、諸勢力が手を組んで徳川幕府を崩壊させます。

太宰府に遺る明治維新の真実

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そして、太宰府にも残る明治維新の真実。

太宰府観光のより奥の深い明治維新の話。

いや、幕末の話、討幕までの話とした方が良いかもしれません。

明治維新の真実・・・。

太宰府天満宮の宿場町では土佐藩・長州藩・薩摩藩と定宿が隣でした。

土佐藩の向かいには幕府指定の定宿がありました。

まず、土佐藩の定宿跡は、現在の梅園という和菓子店が入っています。

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次に、隣は長州藩の定宿がありました。

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最後に、ここが一番大きな建物です。

薩摩藩の定宿だった松屋です。

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佐賀鍋島藩の定宿はちょっとまだ調べることができていません。

そして、土佐藩定宿だった現在の梅園の向かいは日田屋という旅館でした。

ここは幕府御用達だったそうです。

場所は、西鉄太宰府駅を降りて、すぐ右に参道があります。

その右手の1軒目が薩摩藩定宿の松屋です。そこから3軒並んでいます。

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松屋は梅が枝餅を販売しています。庭もとても広くて素敵なおすすめのお店です。

明治維新の真実。薩長土は太宰府においては隣りあわせだった・・・。

2018年は明治維新150年です。

太宰府観光にはぜひ、明治維新の「真実」を探してみてください。

ちなみに太宰府は明治維新を境にして大きく変わっていることがあります。

それはまた書こうと思います。

太宰府観光の所要時間は1~2時間程度だと思いますが

明治維新の軌跡を訪ねると3時間ぐらいは必要となるでしょう。

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