6月の話

地域活性局 経営
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4月に相談役が逝去されてから、ずっと気落ちしたまま6月を迎えました。

会社を始めた頃から、多くの助言や人の紹介など本当に応援していただきました。

そんな身近な人の死。

昨年9月には顧問が逝去されました。

また、昨年8月には5年間役員を務めて支えてくれたスタッフも退社しました。

創業期を支えてくださった多くの人との別れ。

中でも4月に川﨑鳳嶽先生(相談役)が逝去されたことが最も自分にとって大きなショックでした。

そして6月を迎えました。

今思い返すと、私は6月はスランプに陥りやすい時期のようです。

2010年、2012年の6月は同じようなスランプでした。

気付けばミスターチルドレンの「イノセントワールド」が流れています。

「物憂げな6月の雨に打たれて・・・」

2030年会の社会提言事業でホテルサンルートの中野社長にお話しをしていただいたことがあります。

中野さんはkinkikidsの「flower」のこんな歌詞をいつも思い出すと言われていました。

「うまくいかない、やる気もおきない、そんな毎日」

2010年には祖母から木の芽立ちという話を聞きました。

木々には芽を出す時期があるように人にも何か今までの自分と変わろうとする時期がある。

6月6日にはお茶のお稽古が再開しました。

相談役川﨑鳳嶽先生の奥様から習っています。

4月に亡くなられてより、3か月ぶりにお稽古再開しました。

6月8日には近鉄百貨店西大寺店でいけばな展の呈茶のお手伝いに行きました。

お茶の世界が一番自分にとってなじみ深い場所なんだと改めて思いました。

6月12日には伊賀上野の上嶋さんという方について奥出雲町を訪ねました。

奥出雲町は江戸期日本の鉄の70%を生産していた「たたら製鐵」の町です。

6月14日には事業の相談で有馬猊下を訪ねました。

人生には、事業には色々あるよと慰めていただきました。

ここにはまだかけないですが、色々と動いている事業案件があります。

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15日は奈良女子大付属高校で講演させていただきました。

観光の視野を広げると国際社会との外交摩擦が懸念されるという高校生の発言に驚きました。

18日には今は亡き大辻顧問が注力してきた奈良21世紀フォーラムの総会に参加しました。

役員名簿の中には去年まで「奈良町情報館特別顧問」と書かれた顧問の肩書がありました。

また、18日は太宰府からイエノコト株式会社のみなさまが視察に来てくださいました。

2日間、色々と奈良を回ることで、旧知の人にも出会うことができました。

6月25日には15年ぶりに大分県佐伯の町を訪ねました。

その後、湯布院を訪ねて玉の湯旅館の溝口さんにもお会いしました。

湯布院の今を想う溝口さんのお話しはまたそのうち書こうと思います。

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この1ヶ月、多くの人に再会しました。

私は人が好きで、そして人が嫌いです。

多くの出会いが自分の今を作ってくれていると思います。

12年前に奈良に一人で訪れた若者が、奈良で会社を始めて10年目を迎えます。

がむしゃらに仕事をしてきました。

そして、改めて来年10周年を迎えるにあたっての整理を考えています。

若いということはいいこともあると思います。

しかし、自分の仕事でいうとそうでもないということが最近分かり始めました。

行政などは、何かあった時に話し合いには応じてくれません。

意見を言っても、「まぁそう言わんとがんばっていこうや」など言われます。

私は自分の仕事には誇りを持っていますので、そういった態度は許せません。

若いと人には舐められるでしょう。

そんな人とは二度と交流しないようにしています。

これから暑くなると、魚突きなどのシーズンが近づいてきます。

昨年もそうでしたが、暑くなると元気になります。

今年は昨年はあまり行くことができなかった魚突きに邁進しようと思います。

以上、6月の話でした。最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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