長篠の戦いの真実・簡単に騙された勝頼と火縄銃の三段撃ちについて

歴史
長篠の戦いの真実・簡単に騙された勝頼と火縄銃の三段撃ちについて

 

織田信長・徳川家康と武田勝頼が戦った長篠の戦い。

 

長篠の戦いは簡単に火縄銃の三段撃ちで織田の勝利といわれています。

しかし、最近は、通説が変わりつつあります。

長篠の戦いの真実。簡単に騙された勝頼と火縄銃の三段撃ちについて紹介します。

 

長篠の戦いの真実・・・簡単に騙された武田勝頼

長篠の戦いでは、武田自慢の騎馬隊が織田の鉄砲隊に粉砕されました。

ただ、歴戦のつわもの揃いの武田軍。

信玄の薫陶を受けた武将も多く残っていました。

しかも、兵隊も織田・徳川3.5万に対して、武田は1.5万。

これで勝負を挑みました。

なぜでしょうか。

長篠の戦いの真実は、実は織田信長の巧みな策略がありました。

織田信長の重臣佐久間信盛。

信長が幼少期から従っている譜代筆頭です。

そして、ちょっと愚痴っぽかったみたいですね。

彼が織田を裏切りますと、武田勝頼に伝えていたんですね。

これが織田信長が行った策略でした。

こうなると、武田勝頼としては信じざるを得ません。

武田は全国に忍者を派遣して、諸国の情報を知っていました。

織田家の内情ぐらいは的確に把握していたでしょう。

その佐久間信盛。

彼はこの5年後に信長に非常に叱責されて、追放されます。

怪しい筆頭譜代の佐久間信盛。

 

この策略に武田勝頼はまんまと騙されました。

武田の騎馬隊が突撃するのに合わせて裏切り行為を行うということだったようです。

それで武田は突撃してしまいました。

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長篠の戦いの火縄銃の三段撃ちについて

さて、議論の的となる長篠の戦いの火縄銃の三段撃ち。

長篠の戦いにおいては織田信長は事前に丸太を3000本そろえたそうです。

何万人もの動員を計画的に行う織田軍団です。

火縄銃も3000挺は揃えたでしょう。

なので、長篠の戦いにおける火縄銃の三段撃ちはあったように思います。

しかしこの時代、武田の騎馬隊といえば現代の米軍海兵隊のような最強部隊です。

織田軍は弱小で有名でした。

なので長篠の戦いにおいては三段撃ちは徹底されなかったと思います。

織田の鉄砲隊は銃口を掃除・火薬を入れて、打たなければなりません。

作業スピードは個人で時間差があります。

そこで時間を確保するために柵を設けます。

しかし、最強の騎馬隊が押し寄せてきます。

おそらく、一人ひとりは発狂状態だったでしょう・・・。

途中からめったやたらと打ちまくるような感じになったのではないかと思います。

長篠の戦いの火縄銃と三段撃ちはこのような感じかなと思います。

ただ、資料などが出てきていないので、まだ確信は付けないですね。

長篠の戦いの真実・簡単に騙された勝頼と火縄銃の三段撃ちについて紹介しました。

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