せごどんの解説15話・薩摩が幕末の主導権を握れた理由

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阿部正弘と島津斉彬が推した一橋慶喜の将軍就任。

しかし、それは将軍家定の逝去と井伊直弼の台頭により瓦解します。

絶望に陥る島津斉彬と薩摩藩・・・。

そして島津斉彬は軍事演習の後に逝去します。

薩摩にとって大きな仕切り直しになりました。

しかし、ここに幕末の主導権を薩摩藩が握れた理由がありました。

せごどんの解説15話・・・幕末の主導権を薩摩が握れた理由とは。

 

せごどんの解説15話・・・実力日本一の薩摩藩の挫折

薩摩藩は当時、日本で3本の指に入る大きな藩です。

薩摩藩よりも実力のある藩は当時、存在しなかったでしょう。

一方で、力は政治ともいえます。

江戸幕府は徳川家康以来の親族・家来たちが層を厚く幕府を守っています。

島津は日本で最も実力はありながらもそれは大名同士の相対的価値でしかありません。

そこで、島津斉彬はその徳川の親族・家来衆を少しずつ懐柔していきました。

島津斉彬の党になったのは水戸藩主徳川斉昭や越前藩主松平春嶽です。

そして老中阿部正弘・この方は備後福山藩主ですね。

そこに立ちはだかったのが徳川譜代筆頭の彦根藩主井伊直弼でした。

井伊直弼は言うに及ばず前回の大河ドラマ井伊直虎に出てきた井伊直政の子孫です。

徳川の盛業を助けた家康一の忠臣だったでしょう。

その井伊家の当主がこの幕府艱難の時に旗振りをすることを宣言しました。

せごどんの解説15話・・・一橋擁立失敗から薩摩が得たもの

島津斉彬はその擁立運動が失敗します。

これは後に明治政府の顕官になった多くの薩摩藩士にとっての挫折だったでしょう。

この挫折は薩摩藩を非常にしたたかにしたでしょう。

そして薩摩はこの時に幕府とは距離を置いた群雄割拠を考えたでしょう。

それだけではありません。

幕政に外様が口出しをしてはいけないという家康以来の幕府の祖法に斉彬は挑戦しました。

結果、擁立は失敗したものの、力があれば幕府にも意見が言えることが実感できたでしょう。

これが幕末に江戸幕府のかじ取りまでもやった吉之助が得たことでもあるでしょう。

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せごどんの解説15話・・薩摩に遅れて挫折を味わった長州藩

後に幕末になると、長州藩が台頭します。

しかし、長州藩はその動乱期に挫折の連続を味わいます。

八月十八日の政変・禁門の変・四境戦争。

最後は薩摩藩の肩を借りる形で明治維新へと進みました。

せごどんの解説15話・・薩摩が幕末の主導権を握れた理由

薩摩藩は斉彬と共に味わった挫折を見事に幕末に活かします。

江戸幕府も後に敵対した藩も最後まで薩摩藩の腹が読めなかったと言います。

それはやはり挫折をしたことで得た『したたかさ』だったのではないかと思います。

薩摩藩はこの時期の挫折が幕末の行動に活かされました。

せごどんの解説15話・・薩摩が幕末の主導権を握れた理由を紹介しました。

 

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